21世紀初頭、デジタル化が一気に押し進み世界中の出版マーケットに衝撃を与えた。3Cハイテク製品とデジタルメディアの娯楽が多様化したことから、漫画はデジタル化、SNS、クロスメディアといった方法を使い、発展する方向を追い求めた。同時期、台湾では政権交代が起こり、民主化が進んだ。過去の思想統制が解除されたため、文化的創作の余地が増え、創作テーマは多様化していった。大中国思想を脱却し、漫画創作の分野では台湾の歴史文化をテーマとしたり、当地の信仰風俗を取り入れた作品の発表が相次いだ。また、政治批判、社会的テーマを扱った作品も現れた。なかでも注目すべきはジェンダーをテーマにした漫画で、近年、華々しく「花咲き実成る」作品の発表が続いている。
「花咲き実成る」となったのは、台湾で人々の間にジェンダー平等の概念が普遍化したためだ。長年に渡って台湾ではジェンダーの民主化が推し進められ、その結果、現在では他のアジア諸国に比べて明らかに進んだ発展を遂げている。2004年には「性別平等教育法」が施行され、ジェンダー平等課程が小中学生のカリキュラムに盛り込まれた。男女平等はもとより、同性愛教育にも注視し多元的な性を尊重している。そのため、台湾の若者は40歳以上の世代に比べ、ジェンダーに対して敏感に反応する。これは、決して台湾ではジェンダー差別を感じないというわけではない(実際、性差別は普遍的に存在している)。ただし、確実に世代ごとではっきりと異なるジェンダー概念を持ち始めているのだ。
台湾の若者世代がジェンダーに関心を持てば、文化創作ジャンルにおいてもその傾向が反映される。もちろん、漫画もその中に含まれる。近年、文化部は金漫賞の入選作品に必ず一、二作はジェンダーをテーマとした漫画作品を選出している。百合、トランスジェンダー、BLといったジャンルはもとより、日本漫画を中心とした海外翻訳漫画の中でも、百合、BLとゲイ漫画、異性装(クロス・ドレッシング。男性が女性の服装を着用するなど)、トランスジェンダーといった関連テーマの作品もある。同人創作の領域では、漫画ファンは全力を傾けて二次創作を行い、各種の性やジェンダーの多元的性向と妄想を展開している。
2019年五月、台湾はアジア初の同性結婚が合法化された国家となった。これは台湾におけるジェンダー平等運動において重要なマイルストーンとなった。確かに、台湾ではまだ多くの人が同性愛に対して偏見を持ち差別している現実がある。このような差別は二十、三十年前の台湾においては、今よりもっと過酷なものだった。1994年、台湾社会を震撼させる事件が起きた。台北市立第一女子高級中学(=高校にあたる)の女子学生二人の自殺事件が起きた。この二人の優等生は宜蘭県蘇澳のホテルで練炭自殺した。残された遺書からこの二人は同性愛が社会に受け入れられないことを悲観して自殺したのではと各方面で推測が起きた。同性愛が汚名化されていたため、学校側も遺族もこの見方を否定した。漫画家の沈蓮芳は当時、この事件を知ると、二人の物語を解釈しようと試みた。これが、台湾で最初の百合(女性同性愛)漫画『一輩子守著你』(生涯かけてキミを守る)(1997-1998年出版)となった。
『一輩子守著你』では二人の主人公が死んでしまうことはなかった。虚構のストーリーの中では、二人のうち一人が助かり、成人した後、女性運動を支持する議員となった。台湾で婚姻平等権に関する法律が可決された現在、改めてこの漫画を読んだ読者はきっと私と同じような激情と嘆きを感じることだろう。激情とは、私たちはやっとやり遂げた!という思いだ。嘆きは、もしあと少し早ければ、このような悲劇が起きるのが減らせたのにという思いだ。(現在、オンラインプラットフォームにおいてこの作品の再掲載が始まっているCCC創作集)
日本に発祥された百合文化は、1970年代の男性同性愛者向けゲイ雑誌『薔薇族』に掲載されたコラム「百合族の部屋」においてレズビアンを象徴する言葉として「百合」が使われたのが始まりと言われている。その後、たくさんの百合小説・アニメ・漫画が日本では発売されていく。台湾では、上述した『一輩子守著你』(当時、百合とは呼ばれていなかった)が発表されたのち21世紀になるまで同タイプの作品は発表されていなかった。(註1)かろうじて同人誌で女性同士のラブストーリーを描いた作品が発表されるぐらいで、近年になりやっと規模のある百合同人誌販売会が行われるようになった。例えば、基階(GJ)工作室によって2016年から開催された「百合Only同人誌販売会」がある。商業出版において注目されるのは、2019年金漫賞で少女漫画賞及び年度漫画大賞のダブル受賞となった作品『粉紅緞帯』(ピンクのリボン)だ。
漫画家・ペンネーム「星期一回収日」さんの作品『粉紅緞帯』は見る人の気持ちを楽しくさせる漫画だ。ロリータファッションをまとった主人公と軽快なイラストで女子の間に起こる可愛いやりとりを通じ、服装といった外見が心の中を動かし変えていく様子を描いた。登場人物の女の子の間に芽生える純情な恋心に加え、滑らかなイラストタッチが爽快な読後感を与える。今年、2021年には星期一回収日と百合文学小説家の楊双子のコラボ漫画作品『綺譚花物語』が再び金漫賞に受賞した。この作品のストーリー設定は、日本統治時代の台中が舞台だ。当時、台湾の女性は女学校に通うことはできたが、伝統的な家族のもとで数多くの束縛があり、女性同士の恋愛は更に難しいものがあった。百合の物語に、歴史や伝統にファンタジーの要素が盛り込まれ、深みのある作品となった。
百合といえば、台湾のBL漫画にも触れない訳にはいかない。日本のBL文化の影響を受け、台湾では1990年代前後にはすでに数多くのBL同人誌において創作が行われており、近年、商業出版される作品はますます増えている。もし再び金漫賞を指標とするなら、二度にわたって少女漫画賞を受賞した作品『有何不可』があげられる。この作品では、物語の主軸とは言えないが、主人公の男子が同性の親友に恋心を抱く様子が描かれている。2017年に少女漫画賞を受賞した『記憶的怪物』は、SFとラブロマンスを結び付けて描いた正統派BL漫画であると言えよう。
興味深いのは、2017年に『記憶的怪物』のシリーズ1は金漫賞「少女漫画賞」部門にノミネートされたのだが、完結編となったシリーズ3ではR18作品へと指定されたことだ。当時、審査員だった一人として筆者が思うことは、当初、この作品がR18だったならば、青年漫画のジャンルで扱われ、青年漫画賞の評価基準で判断するならば、また別の結果が出ていただろうということだ。数多くのBL漫画は常にR18作品として「青年漫画」の分野で扱われ、他とは異なった性質を持つ作品として評価される。去年(2020年)の金漫賞になってやっと少年、少女、青年といったジャンルの垣根が取り払われた。そのため、金漫賞はそれまでとは違った様相を見せるようになった。中でも最大のポイントとなった点は、入選または受賞作品において、漫画の多元性に対する審査チームの固定概念的な思い込みを取り払ったことと言えるだろう。今年(2021年)金漫賞の入選15作品の中に早速、異色の作品が現れた。TaaROによる『他的髪圏』だ。露骨な性的描写に満ちた作品で、しかもBDSMを盛り込んだBL漫画なのだ!
金漫賞以外のことにも目を向けてみよう。台湾には数多くのBL漫画が傑出した作品を発表している。例えば、漫画家、桂の『我的網紅男友』はオンラインで人気を博しただけでなく、逆輸出され日本の出版社リブレから『俺のかわいいバズり彼氏』として出版された。黄佳莉(廣下嘉)、李崇萍、依歓、米絲琳といったベテラン少女漫画家たちもこぞってBL創作を始めている。同人誌販売会で活躍しているBL創作者たちも、この数年でかなりの数の作家が商業出版の方向で活躍を始めた。だが、近年は必ずしも出版社を通じたルートだけでなく、デジタルプラットフォームを利用して作品を宣伝したり、ファンを集めたりできる。作品に魅力があれば、必ずファンの支持を得て日の目を見ることができるのだ。
BLも百合漫画も虚構の世界であり、現実のLGBTやジェンダーと何の関係があるのか問う人もいるだろう。ざっくり言うと、百合漫画は女性が性欲の主体となって発展した作品だ。姫女子(百合を好むファン)の中には、きっとある程度の比率でレズビアンが存在しているだろう。BLは男同士の恋愛を描いたものだが、始まりとしては女性が女性の読者のために描いた性的表現を含む作品だった。そのため、両者は女性を読者層の中心として広まった文化であり、近年はアジアのBLドラマや映画の制作の波が起こり、少なくないゲイもBLの読者となってきた。そして、漫画のBL作品を目にしたことがきっかけで読者たちは社会でLGBTの置かれた状況に対して理解が深まり、同性婚を支持する潮流となった。(註2)BLの愛読者であると、公然と語れる風潮は以前はなかった。現在、一般的な読書ジャンルの一つとして話せるのは、台湾で多元的なジェンダーが受け入れられるようになった社会の雰囲気と明らかなる関係がある。
同性愛をテーマとした作品のほかに、台湾ではジェンダーを扱った作品が数多くある。例えば、多元的な家族をテーマとした『大城小事5』、清の時代と現代の台湾女性の社会における状況を描いた『守娘』と『茶靡』、女性のライフストーリーを記録した『五味八珍的歳月』、色彩豊かに童話的なストーリーとして月経と情欲を描いた『癔病童話』といった作品がある。女性の主人公が積極的にセックスフレンドに会いにいく道中を赤裸々に描いた『T子%%走』(T子の一発旅行)も、台湾の漫画界でホットな話題となっている作品だ。
女性の置かれた立場、職場での差別、多元的な家族、月経の汚名化、女性の性欲の解放といった多元的なテーマの作品が発表されていることからも、台湾の新世代の漫画家(特に女性)はジェンダーに対してとても感度が高いのが見て取れる。作家たちは自身の経験を起点とし、または関心のある少数のエスニシティの視点をもって、伝統的な父権社会において望ましいとされるジェンダーの固定的役割や区分けを突破し、異性愛の覇権へ挑戦しようと試みている。主体性を持つ個体として女性自身が自分の性的傾向や性認識を考え、身体における性欲を自ら追求するのだ。近年、台湾漫画の創作において、これらジェンダーをテーマとした作家の活躍は明らかに大きなうねりとなっている。この現象は、台湾の新世代の女性パワーの目覚めとも言えるだろう。
- 註1 :参考リンク:楊双子,<百合是趨勢!──立足2020年的臺灣百合文化回顧與遠望>,CCC創作集,2020/08/20
- 註2 : 参考関連議論:王佩迪,<隱身在同志婚姻平權運動中的腐女身影>,《人社東華》,2017第13期
作品リスト
沈蓮芳、『一輩子守著你』(1+2)、東立、1997-1998
星期一回収日、『粉紅緞帯』(ピンクのリボン)(全)、東立、2018
星期一回収日/楊双子、『綺譚花物語』(全)、台湾東販、2020
柯宥希(顆粒)、『有何不可』(1-4)、尖端、2015~
MAE、『記憶的怪物』(1-3)、東立、2016-2019
TaaRO、『他的髪圏』(全)、東立、2020
桂、『我的網紅男友』(1-2)、東立、2020-2021
HOM、『大城小事5』、時報出版、2019
小峱峱、『守娘』、蓋亜、2019
薪鹽/徐譽庭『茶靡』、原動力文化、2017
左萱、温郁芳/張可欣、『五味八珍的歳月』、原動力文化、2017
Kan、『癔病童話』、奇異果文創、2021
穀子、『T子%%走』、大塊文化、2021
作者プロフィール:
王佩迪(オウ ぺーディ)
アメリカ・ニューヨーク市立大学社会学博士。交通大学・中央大学・台北教育大学で兼任助理教授を歴任。アニメおたく学、アニメ産業と文化、ファン文化、アニメ文化/メディアとジェンダー研究といった講座を開設。『アニメ社会学』書籍シリーズ編集長。2017年文化部第八回「金漫賞」審議委員。2018年及び2019年にかけて文化部「漫画基地」展覧準備及び開幕キュレーター。2019-2020年文化部「国家漫画博物館総合計画案」共同策定者。2020年から「文化研究学会」理事。現在、国立台湾歴史博物館漫博組専員。