「東華春理髪店」は、田舎町にある古い理髪店。店主と歳月のほかは三十年来何も変わっていない。ドライヤー、理髪用の椅子、室内のインテリア。すべての佇まいは変わることなく、町の思い出を受け止め続けている…。
「東華春(ドンホァツン)」の三文字は、店主と女主人、そして息子の名前から取ったものだ。だが、二十年前、店主が何の前触れもなく出て行き、幸せな家庭がそれで壊れてしまった。息子の陳小華が最後に父親を見たその日は、彼の十歳の誕生日だった。
十歳の陳小華の心は疑問で渦巻いた。父親は何も持たずに出て行ったのに、沢山のものが消えた気がするのはなぜだろう。その疑問は長年、心にひっかかったままだった。
それから二十年。父親が遺した理髪店を継いで過ごしていたある日、父親が亡くなる前に出した手紙を受け取った。まだ会ったことのない異母妹がいることを知り、運命の異なる二人の兄妹が理髪店で出会う。妹の玉蘭が来てから食卓は賑わい、理髪店は手伝いが増え、町には人の輪が一つ増えた。
そしてこの兄妹と、三か月前に仮出所して理髪店で仕事を始めた李啟立と、三人の記憶が交差する。過去の美しい思い出、傷ついた心、穏やかな、苦しかった出来事。いろんなシーンが思い出される。壊れた記憶を重ね合わせていくと、この小さな町に隠された物語が浮かび上がった。みんなの運命は固く繋がっていたのだ。すでに起きた出来事は変えられない。だが、寛容さと理解があれば、これからの日々を過ごしていける…
男。38歳。無口で一途、心根が優しい。理容技術はピカイチ。骨の髄まで台湾魂がしみ込んでいる。両親の遺した理髪店を守っている。出所者の李啟立を店に受け入れ、思いがけなく妹の玉蘭と暮らすようになって生活に変化が訪れる。
女、18歳。陳小華とは同父異母の妹。可愛がられて育ったが、突然、父親が亡くなり、遺志にそって会ったことのなかった兄、陳小華のもとへ向かった。社会に馴染もうと現実に向き合うが、わがままな玉蘭に陳小華はいつも頭に来ている。
男、30歳。内気で物静か。温和な性格で寡黙。誤って殺人を犯し服役した。出所後、東華春理髪店で助手となった。