『あの街』は、香港の漫画家、黄照達(ジャスティン・ウォン)が2020~21年に香港紙「明報」の副刊「星期日生活」のコラムに連載していた政治系シリーズ漫画。当初は『この街』というタイトルで、香港社会を風刺する時事漫画を掲載していたが、20年7月の国家安全維持法(国安法)が施行後、文章より漫画などの映像作品への検閲が強化され、タイトルが『あの街』に変更された。黄は21年に検挙され、香港からロンドンに移住。本作は香港での最後の作品となった。
コラムに連載された作品52篇を収録。テーマは香港の近年の政治情勢や公民意識、社会の雰囲気など。作品には変わってしまった香港への悲しみ、いたる所にある監視の目への怒り、社会の無関心に対する警鐘、そして香港人への優しさが込められている。
黄の漫画スタイルはアメリカの漫画家、クリス・ウェアの影響を受けており、平面的、幾何学的なデザインが特徴。政治的な問題をテーマとしながらも、鋭い批判を突きつけるわけではなく、シンプルで抽象的なイラスト、実験的な構成、詩的・哲学的でユーモラスな言葉で読者に考えさせる試みとなっている。香港人の不屈の精神、隠れた葛藤と沈黙の抗議が伝わってくる作品で、感慨深い読後感が味わえる。